■真・女神転生リアルフィギュア(フ リュー)サタン

 










メガテンシリーズにおいて大物悪魔と呼ばれる悪魔は数あれど、フィギュア化を望まれながらもそのディティールの複雑さと、ど うしても必要とされる巨大さからその困難さもまたファンのあいだで認識されていた悪魔、サタン。
ワンコインフィギュア悪魔召喚録の最初期より熱望されていたサタンがついに夢想された形そのままに商品化!ありがとうフ リュー











サタン
その名は「敵対者」を意味する。
七つの大罪のうち怒りを司る悪魔の中の悪魔。かつては天使でありながら神に反逆を翻し堕天、その後地上のあらゆる悪の元凶と なった…

誰もが知るもっとも有名な悪魔であり、上記のような有名な設定によって一般的な定義も統一されてはいるが、同時にサタンほど 設定が曖昧模糊として捉えようがない悪魔もまたいない。
サタンが文献上に最初に登場するのは当然のことながら旧約聖書。だがそこで登場するサタンはヘブライ語の普通名詞「STN」 として、悪魔どころか幻想的な存在ですらない場合もある。なにせ「敵」を意味する単語としての使われることがほとんどなの だ。
さて、成立年代順通りかは不明だが旧約聖書中に最初に現れる霊的存在としてのサタンは民数記第22章に現れる、預言者バラム に剣を向ける御使いである。このサタンは旧約聖書内では神の想定によって遣わされたものであるようだが、あるいは元々の多神 教的伝承を一神教的に解釈したが故に神の使いとされたものであるかもしれない。
一方で、作者が意図的にサタンを神の御使いとして描いたのが有名なヨブ記におけるサタンである。ここでのサタンは信仰心の強 い義人ヨブも試すために彼に様々な試練を与える。試練の内容はいくらなんでもひどいものであったが、それを神の許可を得て 行っていることからもここでのサタンはあくまで天使と言って差し支えのない存在である。
さらにその一方で同じ旧約聖書のゼカリヤ書の中ではサタンはモーセの後継者としてヘブライ人をカナンに導いたヨシュアを天界 の裁判にて罪状不明の罪で訴えるが、神によってこれを退けられた上にお叱りの言葉をいただくという失態も受けている。

旧約聖書におけるサタンは現在多くの人に認識されているサタン像とは全く異なるものであるが、実はただ一つの差異を除けばそ の後のサタンと変わらない存在であるといえるかもしれない。
その名前からしてそうであるように、サタンが神の御使いとして旧約聖書中に現れる場合は一言で言えばロクなことが起きない。 そもそも旧約聖書は聖典、宗教書であると同時にヘブライ人の歴史書でもある(その他、文化誌でもあり詩集でもあり叙事詩集で もある)。エジプトとバビロニアという列強ひしめく古代オリエントにおいて決して有力などではなかったヘブライ人の来歴が順 風満帆であるはずがない。旧約聖書は一神教の啓典であるというその性格上、それらの災難を神が承知した上で起こったことであ ることと定義しなければいけない(その辺の設定の徹底はこの頃は当然のことながらかなりゆるく、聖書は変な記述が連発するこ ととなる)。旧約聖書中に御使いサタンが現れることはあまり多くはないが、こうした災難の原因を説明するために現れていると いっても過言ではない。言ってみれば、この時点で彼は既にユダヤ・キリスト教が現在のサタンに求める役割であるこの世の悪の 元凶としての姿を現しているのだ。
それではただ一つの差異とは何か、神に対するサタンのスタンスである。

旧約聖書において神の下僕であったサタンは、新約聖書においては完全に神に敵対するものとして登場する。神の考えを否定し、 神の計画を妨げるために現れる。現在と変わらないサタンの登場である。

サタンのこの変化にはヘブライ人のバビロン捕囚とペルシアによるその解放が深く影響していると考えられている。
当時のペルシアで隆盛を誇っていたゾロアスター教は世界初の一神教として知られるが、同時に善悪二元論を強調した教義でも知 られている。最高神アフラマズダに対する悪のアンラマンユ。もちろん他の宗教にも神に戦いを挑む存在は多くい たがそれらはあくまで物語の中の敵対的キャラクターに過ぎなかったり、あるいは自然の営みを擬人化しそれを戦いという形で物 語化したものに過ぎなかった。この世の有り様において善性と悪性の二つの概念を柱に教義を組み立てることはなかったのだ。
(ちなみに、ゾロアスター教における善悪二元論は時代が下りササン朝ペルシアの頃にはさらに極端になり、あくまでアフラマズ ダの創造物に過ぎなかったアンラマンユは、善のアフラマズダ=オフルマズドと同等の存在、悪のアーリマンとし てさらに強大な存在とされることになるがそれはまた別の話である)
この思想がヘブライの伝承において神に対立する敵対者の姿を明確にすることとなる。その象徴的な存在が、かの有名な死海文書 に含まれる、サタンほどではないが有名な悪魔であるベリアルが登場する文書だ。死海文書を書き残した人々はユ ダヤ教エッセネ派の一派と考えられており、彼らは自分たちを光の子とし、自分たち以外の存在をベリアルの支配下にある闇の子 と呼んだ。極端な善悪二元論という形で神に敵対する者の姿が明確化されている。

善悪二元論の導入以外にもう一つ、こちらは旧約聖書偽典に数えられるヨベル書。こちらにはマンセマットという メガテンファンからの人気が素晴らしく高い天使が登場する。
マンセマットは先に堕天した様々な堕天使たちを神が裁いた際に、彼ら悪霊を自分の部下として使わせてほしいと願い出た。マン セマットは以後、彼らを用いて人間たちに試練を与える任務を執行することとなる。これは明らかに旧約聖書でサタンと呼ばれて いた天使と同じ行いであり、さらにここではその意味するところがより明確になっている。
ここでは出エジプト記におけるモーセに降りかかる障害はどれもがマンセマットによって策謀されたものであるとされ、同時にエ ジプト側に降りかかった悲惨な災いである国中の長子が死亡するという呪いもまたマンセマットによって起こされたものであると された。要するに、モーセらヘブライの民に降りかかる災難も、さらにヨベル書編纂時の倫理観に照らし合わせて疑問が残る旧約 聖書中の神の行いもマンセマットと悪霊たちの仕業とされたのだ。
マンセマットは前述の通り旧約聖書のサタン同様神に従う存在であるが、同時に、ヨベル書の編纂者らからすれば悪意ある存在と して定義されているのは明白である。マンセマットは旧約聖書のサタンの発展型であると同時に新約聖書のサタンの原型となる存 在なのだ。事実、ユダヤ教エッセネ派の文書の一つ『光の息子たちと闇の息子たち』の中には「天使マンセマットよ、お前はサタ ンを深淵に落ちるべきものとして創造した」という一文があり、新約聖書におけるサタンへの発展がここに見られる。ちなみにマ ンセマット、別名マステマの名前は「敵意」を意味する。

マンセマットよりさらにサタンの原型に近い天使にサマエルがいる。偽ヨナタン訳による旧約聖書創世記や旧約聖 書偽典ギリシア語バルク黙示録などではアダムとイブの楽園追放の原因となった知恵の実への誘惑の犯人であるとされ、あるいは その原因は彼がアダムに嫉妬したがためともされる。サマエルは初期キリスト教でもサタンと同一視され、ナグ・ハマディ写本に 含まれるキリスト教系グノーシス主義文献「アルコーンの教え」ではサマエルを盲目の神としアダムとイブを創造し罪深い物質世 界の因業を負わせた元凶としている(グノーシス主義のため、聖書中の唯一神の行いは悪とされている)。

ゾロアスター教の善悪二元論の影響や一神教としてのユダヤ教の発展、あるいは進歩した倫理観の説明のために生まれた、こうし た過渡期における恐ろしい天使たちがサタンの形成に結びつき、新約聖書におけるかの大悪魔を生み出すこととなる。新約聖書編 纂の頃には既にサタンと並ぶ悪魔ベルゼブブの存在も浸透しており(あるいは旧約聖書に登場する、悪霊ではなく 異教神であるバアルゼブブが既に風化した、ということでもある)、この時点で現在におけるサタン像はかなり固まりつつあった と言えるだろう。
新約聖書においてサタンは神に対立する存在であることが強調される。また新約聖書ルカによる福音書においてイエスが「私はサ タンが天から稲妻のように落ちるのをみとどけた」という有名なセリフで来歴もしっかりと定義されていることがわかる一方で、 サタンがイエスを荒野に連れ出し40日間にわたって誘惑を続けるというエピソードにはヨブ記におけるサタンの面影を見ること ができるかもしれない。
だが、なんといっても新約聖書におけるサタンの面目躍如はヨハネの黙示録における大活躍にある。
世界の終わりに先立ち、大空に現れるそれは七つの頭に七つの冠を戴き十の角を生やす赤い竜の姿をしたそれは「この巨大な竜、 すなわち悪魔とかサタンとか呼ばれ、世界を惑わす年を経た蛇」であり、同様の姿をした二匹の獣も現れる(詳しくはマザーハーロットのレビューを参照)。
ヨハネの黙示録で語られたサタンの来歴によれば、かつてサタンは神に反旗を翻し、天使たちの約三分の一がサタンに付き従い反 乱を引き起こしたが大天使ミカエルを筆頭とする天使たちに敗北し地上へ投げ落とされたという。なお、これ以後もサタンとミカ エルは因縁深い存在として結び付けられることになり、有名なサタンとミカエルは兄弟であったという設定が生まれることとなる (ただし、この兄弟説の出典元は不明)。
そして、約1000年間の捕縛 の後、再び神に対し戦いを挑むこととなるがやはり敗北し、今度は火と硫黄の池に投げ込まれることとなる。
こうして、サタンのイメージは完成した、かに見えた。

旧約聖書イザヤ書の一節に「どうしてお前は天から落ちたのか/明けの明星/暁の子よ/どうしてお前は地 に落とされたのか/諸国を打ち破ったものよ」という一節がある。
これはバビロン王ネブカドネザル2世の失墜を詠った詩であり、堕天使や悪魔を扱ったものではなかった。ヘブライ語の原文では 「明けの明星、暁の子」はヘレル・ベン・シャヘルと表記されていたが、五世紀初頭、後に聖人となるエウセピウス・ソフォロニ ウス・ヒエロニムスにより訳されたラテン語訳聖書、通称ウルガタ聖書ではこの部分をこう表記した「ルシファー」 と。
この訳に先立つ三世紀には既に神学者オリゲネス・アダマンティウスがこの一節に着目し、ここでは明らかに「明けの明星、暁の 子」なる何者かが天界から落とされた描写であると解釈していた。さらに5世紀、かのアウグスティヌスは『神の国』第11巻で 先のイザヤ書の一節を堕天使の姿をバビロン王失墜にさらに例えて詠ったものであると記した。かくしてサタンに次ぐ知名度を持 つ悪魔が誕生することになる。

さて、こうして5世紀になってようやく誕生したルシファーは急速に知名度を上げてゆくことになるのだが、問題点として彼には 「明けの明星という輝かしい名前を持ちながら堕天使となった」以外に設定が何もなかった(悪魔と無関係な詩から擬人化される ように生まれたのだから当然である)。
そして、サタンもまた似たような境遇にあった。新約聖書において悪魔の中の悪魔として定義されながらも彼はまだ実体に乏しい 存在であった。事実、初期キリスト教では1世紀後半に成立したヨハネの黙示録以後も、サタンはベリアルやマンセマット、サマ エルやアザゼルといった先達と同一視されており、その正体(といっていいものかどうかはわからないが)が定まらないままで あった。
複雑な誕生の経緯を持つが故に設定の曖昧な二つの悪名高い存在はそれが故に密接に繋がることとなる。ルシファーとサタンが同 一視されるのはある意味必然であったのかもしれない。

中世になるとサタンとルシファーの同一視はほとんど定説になりつつあった。
12世紀のベネディクト会系女子修道院長ヒルデガルト・フォン・ビンゲンや13世紀のスコラ哲学者トマス・アクィナスなどの 著作でもその説が採用されているという。
だが、なんといっても鮮烈なのがミルトン『失楽園』における誇り高き反逆者としてのサタンの姿であろう。ここでは大天使ラ ファエルのセリフの中でサタンがかつては輝かしい名前を持った天使であり、ルシファーと呼ばれていた(ただしルシファーはそ の天使の名前ではなく、あくまでその天使を称える別名のようだ)ことが語られている。
七つ首の赤い竜としての黙示録のサタンはここでは影を薄め、12枚の翼(これは同じくサタンと同一視され、初期キリスト教の 重要な悪魔であったサマエルの設定を引き継いだものと思われる)を持つルシファーは堕天する際の姿を美しく描かれることも多 く、『失楽園』でのヒロイックな描写に代表されるようにルシファーは当時から既に、他の悪魔と比べ魅力的な面を強調されるこ とが多かった。美術や文学の発展の影響も大きいのだろう。

もっとも、ルシファーとサタンの同一視もまた絶対的なものではなかった。最初に述べた七つの大罪についても、七つの大罪と主 要な悪魔を結びつけたペーター・ビンスフェルトはルシファーを傲慢を司る悪魔に定め、サタンと別のものとしたし、魔術書『魔 術師アブラメリンの聖なる魔術書』ではルシファーとサタンで別項目が設けられている。またコナン・ド・プランシーの『地獄の 辞 典』でもサタンとルシファーに別項目が設けられているが、そもそも様々な説を特に説明なく雑多に並べているあの本からすると 当然のことと言える。
また、ベルゼブブを筆頭にルシファー以外の悪魔をサタンとすることもやはり多い。だが、その場合は「ルシファー=サタン」の 場合と異なり、サタンを単体の悪魔の名前ではなく有力な悪魔に与えられる称号として扱う傾向が強い(個人的な所感である。厳 密な統計はしていない)。ルシファーという名のサタン、ベルゼブブという名のサタン、アスタロトという名のサタン…といった 具合である。

その例外として、10世紀頃からブルガリア地方を中心に興ったグノーシス主義の異端ボゴミル派の神話に登場するサタナ エルがいる。サタナエルは原来、旧約聖書偽典エノク書の内、第二エノク書とも呼ばれるスラヴ語版エノク書に登場 す るとされ、そこではサタナエルは大天使でありながら神への反逆を企てたため堕天し、その名もソトナ(SOTONA)に変えら れたという。
エノク書の編纂時期からすれば、これがサタンの天使から堕天使へ変化していく経緯と、そしてサタンが堕天する前の由来につい ての決定的なものとなるのだが、このサタナエルについての記述はスラヴ語エノク書の原文にはなく、聖書学者ロバート・ヘン リー・チャールズとロシア文学者R・W・モルフィルによって1896年に刊行された通称モルフィル版第二エノク書にしかな い。元の第二エノク書が全23章のところ、全68章を誇るこのモルフィル版エノク書、今では元はボゴミル派の関係者が捏造し た偽書であった可能性が高いとされる。ちなみに、ボゴミル派もグノーシス主義団体のため、彼らの神話の中ではサタナエルは先 のサマエルと同様にこの地上を創造した存在であるとされる。
グノーシス主義は現実世界を完全否定するその過激な思想などが原因で廃れたが、この「サタナエル=サタンの堕天前の名」とい う説については現在も一部で生き残り、特にサタンをルシファーやベルゼブブなどとは別の単体の悪魔として紹介する場合に持ち 出されることが多い。

かようにサタンはもっとも有名な「ルシファー=サタン」以外にも様々な設定を今も(むしろ中世以後の悪魔の設定の大乱立が原 因でより大量に)抱えながらも現在も悪魔の中の悪魔として君臨している。悪魔について興味を持った人の多くが「サタンとルシ ファーって同じなの?」といった質問をすることが多いが、その質問に対する明確な答えは当然ながら存在しない。そもそも存在 しないキャラクタの設定であり、その設定も時代と提唱者によって変わるのだ。上のような経緯を踏まえた上で、あるいは今まで のサタンの設定など完全に無視した上で、自分なりのサタン像を定義してみるのも楽しいかもしれないが、それもやはりサタンの 抱えるひとつの姿に過ぎないのである。




女神転生シリーズにおけるサタンは、その「サタンの抱えるひとつの姿」という考え方を如実に表明している。
初登場はファミコン版女神転生U。崩壊後の世界で銀座の地下で不動産業を営む鈴木社長という悪魔についてやたらと詳しい人 物。ハゲ頭に中年太りのいかにも社長といった外見の人物だがその正体は魔王サタンである。終盤、その正体を現し主人公たちと 対決することとなるのだが彼もまたその奥に控える真の黒幕(誰かはおわかりですね)に命じられていたに過ぎない。ちなみに展 開次第では最終ボスとなる。
続いての登場は真女神転生U。そしてこれが今のところ最後のストーリー上にサタンが登場する作品でもある。
未来世界のTOKYOミレニアムを支配するセンター。主人公同様にセンターのメシア候補として活動するザインは正義感にあふ れる青年であり、はじめはセンターの正義を盲信していたものの後にセンターの腐敗と悪行に気づき彼らに反旗を翻す。やがて彼 は裁きを執行するものとしての自分の本来の使命に気づく。邪神セトと融合し裁くもの大天使サタンとしての正体を現したザイン は展開によっては主人公とともにルシファーを倒し、汚れた世界をメギドアークで浄化し、そして唯一神を裁くこととなり、また 別の展開によっては主人公の罪を裁かんとして、神霊サタンの巨体を現し襲いかかることとなる。
真女神転生Uのサタンについてはスタッフの解説において「サタンには様々な面がある。今回のサタンとはまた別のサタンが登場 することもある」という趣旨の発言がある、が、その後サタンがメガテンシリーズのストーリーに深く関わることは特にない。強 いて別シリーズから挙げれば魔神転生2におけるミカエルと並ぶLAW側の代表としての登場程度か。
デザインとしては今回フィギュア化された真2の神霊サタンとしての姿、メガテンシリーズとしては異質なRPGの大物ボスキャ ラ然としたデザインが最も有名で、デジタルデビルサーガアバタールチューナー2ではこの姿で隠しボスキャラとしてRPG史上 に残る凶悪な難易度を発揮。またペルソナ4やデビルサバイバー2でもこの姿で登場しており、特筆すべきはアニメ版デビルサバ イバー2の最終話においてその異様がアニメ化され、ルシファーと激突する姿が描かれたことであろう。もっとも、尺の都合上も あってかルシファーとサタンの対決はなんか光線出しながら抱き合うだけであったが。
その他の姿としてはファミコン版2のドラゴンに人間を融合させたデザインや、ペルソナにおける地に繋がれたドラゴンをそのま ま視覚化したデザイン、また真2において神霊となる前のパンクなモヒカンの大天使サタン、魔神転生2のいかにもな魔王っぽい 格好のサタンなどがある。
毎回のように登場するルシファーと比べて温存されている感が強いが、是非また大作で登場してもらいたいものだ。

ちなみに、メガテンシリーズでも大きくフィーチャーされたサタンとエジプトの神セトの関係についてだが、これはサタンという 名詞の語源が「セトの犬=セト・アン」である、という説に由来している。
この説の提唱者としては、フェミニズム運動家で様々な奇説をばら撒いたバーバラ・ウォーカーが有名だが、その他にも最も悪名 高き魔術師としてメガテンシリーズにも数度登場しているアレイスター・クロウリーや、最も有名なサタニズム集団・サタン教会 の創設者アントン・ラヴェイなどもこの説を主張している。
が、この説は学術的な根拠がなく、提唱しているのもあまりそういうものを気にしない人たちなのもあり、現在ではもう既に相手 にされていない説である。
ハチマンはヤハウェ、アラハバキは縄文の国津神の主神、といった説とともにメガテンを離れたところではあまり喧伝しないほう がいいだろう。






なげえよ!!

すいません、サタンのフィギュアが出たので嬉しくなってなんかわけわからん長文になってしまいました。
あといつものパッケージの写真を撮るのも忘れていたのに今気づいたのでこれはそのうち追加しときたいです。







デザインがデザインだけにプライズの常識に挑戦するボリュームといっても高さ自体はこのシリーズ の他フィギュアと同じくらい。ただし見た目通りに奥行がすごいことになってます。
というか神霊サタンって真ん前からしか見たことがないのでこいつってこんなデザインだったのかって感じもします。








足がなかったのね。